多くのゲームにとって,「ストーリー」は重要な構成要素の一つだろう。システムやバランスなどとは異なり,ダイレクトにゲームの面白さにはつながらないが間接的にゆっくりと,プレイヤーの心に浸透していく,アラド RMT。もちろん,ストーリーがないゲームもあるが,夢中になって遊んだゲームには,伽胃撙の镎Zが用意されていたことが多いのではないだろうか。 そんな,ゲームにおける物語の面白さを追求し,自らをストーリーテラー(語り部)と捉えるゲームデザイナーがいるのをご存じだろうか。それは,2K Boston(旧Irrational Games)の,Ken Levine(ケン?レヴァイン)氏である。 レヴァイン氏の代表作といえば「バイオショック」だ。バイオショックはご存じのとおり,欧米で600万本の売り上げを記録した大ヒット作で,6月27日にPCの日本語版が発売された。欧米では数々のゲーム賞を受賞し,続編の開発に映画化,さらには続々編の開発話が出てくるほど話題になっている作品だ。そんなバイオショックを作り上げたレヴァイン氏の過去を,あらためて振り返ってみたい。 レヴァイン氏は,1966年にアメリカのニューヨークで生まれた。早い段階からハリウッドで活躍する脚本家になりたいと考えていたらしく,ボストンの大学では映画科に所属。卒業後に長編コメディ映画の脚本を執筆する機会に恵まれたものの,仕事をくれた相手が雲隠れしてしまい,レヴァイン氏の脚本家デビューもふいになってしまったという。 その後1995年に,生活費を稼ぐ目的で「脚本書きを手伝う人募集」と新聞に載っていた広告に応募。ゲームデザイナーという,彼自身は聞いたことがなかった職種で,Looking Glass Technologies(のちにLooking Glass Studiosに改名)に入社したのだ。 Looking Glass Technologiesは,1990年に創立されたゲーム会社で,DarkBlood RMT,グラフィックスや物理プログラミングに関する技術力の高さに定評があり,1992年にOrigin Systemsがプロデュースした「Ultima Underworld」の実俚膜书_発部隊だった。当時の在籍メンバーには,会社の設立者でもあるNed Lerner(ネッド?ラーナー)氏やPaul Neurath(ポール?ニューラス)氏など,現在でもゲーム業界の第一線で活躍している人達が多く,技術屋集団的な会社だったのである。 レヴァイン氏が入社したときは,Microsoft Flight Simulatorシリーズと互角以上ともいわれた「Flight Unlimited!」や,アクションゲームにスクワッドコンバットの要素を取り入れた「Terra Nova」といったプロジェクトが進行していた。レヴァイン氏は,デザインチームの一員として「Thief The Dark Project」の脚本を担当するなど,ビッグプロジェクトにも関わることになったのだ。ゲーム業界のイロハも知らないまま入社したので,当時はかなり苦労したのではないだろうか。 Looking Glass Technologiesのゲームは,クオリティの高さが評価されていたが,セールス面では苦戦が続いており,Thiefを発売した1998年頃から,資金繰りが急速に悪化。この頃に,レヴァイン氏はほかの開発メンバー数名と同社を辞め,Irrational Gamesを結成したのだ。もっとも,これは古巣に反旗を翻したわけではなく,Looking Glass Technologiesの資金難に端を発した,苦肉の策だったようである。事実,Irrational Gamesが創設されるとすぐに,Looking Glass Technologiesは自社のゲームエンジン利用権をIrrational Gamesに与え,企画中だったプロジェクトの開発を委託したのだ。ちなみに,このプロジェクトというのが,のちに名作といわれる「System Shock 2」だったのである。
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